talk to me like the sea

はらはらっとこぼれ落ちていきそうな米粒達を、手のひらの上で遊ばせるようにしながらむすんでいく。

蒸らし終わったご飯は一粒、一粒が元気の良い子供のようなエネルギーに満ちている。彼らを思い切り遊ばせながら、遠くへ行かないように見守るのは至難の業だ。

しかし、形になったふぞろいのむすびを目の前にする頃には、固くなっていた私の心がゆるゆると解かれていて、なんとも心地よい。

子供達の夏休みが明ける頃、やっと今年初の海水浴へ出かけた。

あいにくの曇り空だったけれど、大きな声で笑ったり、砂浜で山を作ったり、泳いだり‥‥それぞれが終わっていく夏を噛みしめるように楽しんでいた。

私は、新しい仕事へ向けての準備であたふたしていたせいで、せっかくの海を前にしてもいまいち気乗りせずにいた。海水でベタベタするのは嫌だから、と家族に言い訳をして、桟敷へ寝っ転がり、本を読んだり、家族が遊んでいるのを時々眺めているだけだった。

昼食を終えてしばらくすると、子供達は遊び疲れたらしく、シャワーを浴びてクーラーの効いた車へ向かった。

「帰ろうかな?」

そう思ったけれど、海に足すらつけていないことに気づいて、ひと泳ぎすることにした。

沖に向かって設置された波止めへ向かって泳ぐ。久しぶりの海の感触。波に揺られながらすんなりと到着。そのまま向きを変えて戻ろうとした。

しかし、振り返って見た砂浜がやけに遠く感じ、その途端、呼吸が浅くなりはじめた。

「落ち着いて」

呼吸を整えながら、大きく水を掻く。しかし、全く進んでいない。海水もやけに冷たく感じだした。

車に戻らなかった子供が、こっちへ向かって手を振っているのに、私は、手を振りかえす余裕すら無くなっていた。

「ああ、私は溺れる」

焦り、不安、緊張、恐怖が渦を巻く。

久しぶりの感覚。昔、何度も味わった。この後は決まって後悔と絶望がやってきて、長い間私の心に滞在するのだ。

「嫌だ」

私は体を仰向けにすると、ゴロンと海へ寝っ転がった。

どうせ溺れるならもう少し後でもいいだろう。

どこへ流れていくのか分からないが、とりあえず海に身を任せて、空だけを見つめていた。

今朝はさえないと思っていた曇り空は、刻一刻と姿を変えて私の心を離さない。

溺れかけていたことも忘れて、私は海や空と遊んでいた。

と、言えば聞こえはいいが、ここまで追い詰められないと、私は今すべきことを投げやりにして、明後日の方を向いて心配ばかりしていただろう。

「私がわたし」でいられる時って、私の予定などお構い無しにやってきて、いつの間にかいなくなっている。

気づいたら砂浜へ戻っていた。

桟敷へ戻り、残っていたむすびを頬張った。

よく噛まずに喉を通過した、幾つかのむすびのかけらが、すっからかんの私の身体に違和感をたっぷり残していく。

「いつも肝心なことを忘れてしまう」

今、目の前にある全てのことは、私の計画や目標など一切必要としていないし、期待もしてないのだ。

打ち寄せる波が、私の心へと満ちていく。

雲の切れ間から時折差し込む光に、違和感は一粒一粒、ゆっくりほぐされていく。

車の中で待ちくたびれた家族の顔が浮かんだけれど、もうしばらくここへいることにした。

彼らとの静かなおしゃべりは、今、はじまったばかりだから。

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