「お金のことは気になる。でも、投資は怖い」
「40代、50代になって、今さら勉強しても遅い気がする」
少し前まで、俺もそうでした。
子どもの頃の経験から、お金は人を争わせる怖いものだと思い、できるだけ意識せずに生きてきました。
それが49歳になった今、少額ですが投資を始めています。
ただ、投資を始めて一番大きく変わったのは、資産額ではありません。
新聞のニュース、地元の企業、映画、AI、普段飲んでいるコーヒー。
今までバラバラに見えていたものの間に、お金の流れが見えるようになったことです。
そして、社会から少しはみ出して生きているんじゃないかと思っていた自分も、たくさんの人との繋がりや経済の循環の中にいたことに気づきました。
この記事では、お金を怖がっていた俺が、畑、新聞、AIとの出会いを通して、お金との関係を少しずつ作り直してきた過程を書いてみます。
お金は、人を争わせる怖いものだと思っていた
子どもの頃、両親がお金のことで言い争う姿を見てきました。
父は株式投資をしていて、うまくいっていた頃には、一緒に新聞を開いて株価を見た記憶があります。
幼い俺にとって、それは今でも温かい記憶です。
けれど、その後、父は投資で損をしました。
いつの間にか俺の中で、お金は人生を豊かにするものではなく、人を争わせたり、人生を狂わせたりする怖いものになっていました。
大人になってからも、
「人生の豊かさを、お金に換算したくない」
という気持ちを強く持っていました。
「お金を欲しがらない自分」は、本当に自由だったのか
20代の頃、家族経営の小さな会社で働いていました。
当時の俺は、給料を仕事の対価というより「経営者からもらうもの」だと考えていました。
だから、良い仕事をすること以上に、経営陣に嫌われないことを気にしていました。
その後、大手自動車メーカーへ転職しました。
そこには、お金について学ぶ機会もあり、勧められてiDeCoにも入りました。
でも当時の俺には、まだ「お金はあまり意識しない方がいい」という感覚が残っていました。
今振り返ると、お金に執着しないことを美徳にしながら、実はお金そのものを怖がっていたのだと思います。
一袋の麦が、お金の見方を変えた
子どもが大きくなるにつれて、お金が必要になりました。
もっと稼がなければならない。
でも、人より多く稼ぐことに、どこか誰かを踏み台にしているような感覚がありました。
豊かになるには、誰かより多く取らなくてはいけない。
そんなふうに考えていました。
その頃、家の近くに畑を借りました。
そこで麦を育てました。
最初は一袋の種でした。
育った麦を収穫し、食べきれなかったものを翌年の種として残す。
また蒔く。
それを何年か続けると、自分たちだけでは食べきれないほど育つようになり、最後には鳥の餌にもしていました。
そのとき初めて、
自分が豊かになることと、周りが豊かになることは両立するのかもしれない
と思いました。
少し残して、また育てる。
育ったものが増えれば、誰かにも渡せる。
仕事やお金も、こんなふうに豊かさを育てていけるものにできないだろうか。
俺の中の「お金は悪いもの」という壁に、小さな亀裂が入った瞬間でした。
社会を知らないまま、社会の中で生きていた
2022年、自動車メーカーを辞めました。
自分で何かを始めたかったからです。
でも、ほとんど何のプランもないまま退職したので、すぐに経済的に行き詰まりました。
どうしてうまくいかないのだろう。
考えているうちに、ようやく気づきました。
俺は社会にほとんど関心を持たずに生きてきた。
会社の仕組みも、経済も、政治もよく知らない。
それなのに、自分で仕事を作ろうとしていた。
社会とどう関わればいいのか分からなかったので、まず新聞を読むことにしました。
最初は朝日新聞でした。
社会面や文化の記事は読めても、政治や経済の記事には知らない言葉が多く、
「これは俺には関係ない」
と諦めることが何度もありました。
経済への入口は、小説だった
その後、新聞配達を始めました。
配る新聞の中に日本経済新聞がありました。
俺には一番縁のない新聞だと思っていました。
ところが、好きな作家である吉田修一さんの小説『タイム・アフター・タイム』が掲載されていました。
それが読みたくて、日経新聞を手に取るようになりました。
小説から「私の履歴書」へ。
文化欄へ。
そして、少しずつ企業の記事にも目が向くようになりました。
映画やアニメの裏側にも企業があり、投資があり、産業がある。
自分が好きだったエンターテインメントと経済が、少しずつつながっていきました。
そこで知ったことを友人に話したことがあります。
友人が興味深そうに聞いてくれました。
それが、とても嬉しかった。
知識が増えたこと以上に、知ったことで人との会話が広がったことが嬉しかった。
AIとの会話で「分からないから諦める」が変わった
もう一つ大きかったのがAIとの出会いでした。
新聞を読んでいて気になる記事があっても、知らない単語が多すぎる。
以前なら、そこで終わっていました。
でもAIに聞くと、分かりやすく説明してくれる。
分からなければ、もう一度聞ける。
納得するまで話せる。
新聞を読む。
疑問が生まれる。
AIに聞く。
分かる。
すると、また新聞が面白くなる。
この繰り返しで、経済や政治が少しずつ自分の身近なものになっていきました。
地元の山奥と、AIがつながった
AIに興味を持つと、今度は「AIはどうやって作られているのだろう」と思うようになりました。
そこから半導体について知り、ディスコという企業に出会いました。
ディスコは、俺の地元である広島県呉市にも拠点を持つ企業です。
以前は何をしている会社なのか知りませんでした。
でも調べていくと、半導体を作るために必要な装置を手がけている。
AIや、毎日使っている電子機器の世界と、地元の企業がつながっていました。
それまで「何もない」と感じていた地元の見え方まで変わりました。
何もなかったのではなく、俺が知らなかっただけだった。
投資は、俺にとって市場への入場料だった
経済の流れが少しずつ見えてくると、株式市場にも興味を持つようになりました。
以前は怖い場所に見えていました。
でも今は、世界中からお金が流れ、企業へ渡り、また別の場所へ流れていく巨大な海のように見えます。
ずっと俺は岸から眺めていました。
興味はある。
でも、一人で入るのは怖い。
AIと一つずつ確認しながらだったから、少額で入ってみることができました。
最初に投資したお金は、俺にとって「儲けるための元手」というより、
市場に入るための入場料
に近いものでした。
少額でも自分のお金を市場に置くと、それまで他人事だったニュースの見え方が変わりました。
映画のニュースが企業につながる。
AIが半導体につながる。
半導体が地元につながる。
大企業のニュースが、自分の銀行やクレジットカード、普段行く店につながる。
社会の大きな動きと、自分の日常は別々のものではありませんでした。
お金を知って、自分が社会の中にいたことに気づいた
お金と向き合うようになって、一番変わったことがあります。
社会からはみ出していると思っていた自分も、最初から社会の中にいた。
そう感じられるようになったことです。
畑でトマトやきゅうりを育てていると、つい「俺が育てた」と思ってしまいます。
でも、野菜は自分だけでは育てられません。
太陽が昇る。
雨が降る。
風が吹く。
目に見えない土の中では、根が伸び、栄養を受け取っている。
人間も同じなのだと思います。
食べ物を買う。
スマートフォンを使う。
新聞を読む。
コーヒーを飲む。
その向こうには、知らない誰かの仕事があります。
企業があります。
制度があります。
技術があります。
そして、お金が流れています。
今まで俺は、地上に見えているトマトやきゅうりだけを見ていました。
お金を知ることで、その下に広がっている土壌が少しずつ見えるようになりました。
今日からできる、お金との最初のコミュニケーション
難しい勉強から始めなくてもいいと思います。
俺なら、まず普段の生活から一つだけ選びます。
例えば、いつも飲んでいるコーヒー。
「この店を運営している会社はどこだろう」
と調べてみる。
スマートフォンなら、
「この中には、どんな会社の技術が使われているんだろう」
と調べてみる。
新聞やニュースで分からない言葉を見つけたら、そのままにせず、一つだけ調べてみる。
今ならAIに、
「中学生にも分かるように説明して」
と聞くこともできます。
そして、興味が出てきたら、その企業の株価を眺めてみる。
まだ株を買う必要はありません。
まず、自分の生活とお金の流れの間に一本の線を引いてみる。
俺の場合は、そこから始まりました。
最初の一歩は、自分に関心を持つこと
もし、
「お金には興味がある。でも怖い」
「40代、50代になって、今さら勉強しても遅いのではないか」
と思っている人がいたとしても、俺はすぐに投資を勧めたいとは思いません。
最初の一歩は、もっと手前にあると思っています。
まず、自分に関心を持つこと。
自分は何を怖がっているのか。
何が好きなのか。
普段どんな商品を使っているのか。
どんな会社のサービスを利用しているのか。
そして、
自分の周りに広がっている景色を、少し丁寧に眺めてみること。
映画でもいい。
コーヒーでもいい。
地元の企業でもいい。
一つ気になったものの向こう側を見てみる。
すると、今まで点だったものが線になっていきます。
俺にとって、お金を学ぶことは、お金だけを見ることではありませんでした。
人を見ること。
会社を見ること。
社会を見ること。
そして、自分がその中で生きていることを知ることでした。
お金とコミュニケーションをしたい。
そう思うのは、その向こう側にいる人たちとのコミュニケーションを、もっと楽しみたいからです。
人生の中で与えられるさまざまな縁を、怖がって遠ざけるのではなく、大切に受け取りたい。
今は、そんなふうに思っています。
