桃のつぼみがほころび、花が咲き始める頃。花が咲くことを、”笑う”と表現する。
内側の心に湧いた感情が隠しきれずに自然にこぼれてしまうとき、人も笑う。表情って感情の従属物なんだということをあらためて気付く。
「歯並びが悪いから笑わないほうがいいよ」
クラスメイトの口から出た何気ない一言。確かに歯並びは悪かったけど、そんなことを今まで気にしたことはなかった。自分に無関心だったくせに人の目は異常に気にしていた10代の私。その友人からの一言がきっかけで、それから数年間、本当に笑えなくなってしまった。
常に感情を押し殺してクールを装っていたけど、内側の私は油の切れた機械のように自らをすり減らしていった。結果、人に会うのが億劫になってしまい、学校にも行けなくなってしまった。
「歯が泣いているわよ」
情緒不安定になっていた私が、立ち直るきっかけを作ってくれたのも何気ない一言だった。歯ぎしりを繰り返してちびてしまった歯を見た保健室の先生が、矯正歯科へ行くことを勧めてくれた。
ただなんとなく生きてきた私にとって、歯の矯正は、意志を持って自分自身の為に時間とお金を使った初めての経験だった。自らの欲望に振り回されて使った時間とお金は浪費にしかならないけど、この時だけは真剣に自分を変えたいと思って自らの時間とお金を投資したような気がしている。
懐かしい友との再会。久しぶりに会った彼は腹が出て歯も抜けてしまって、昔の面影が薄れてしまっているように見えた。好きなだけ食べて飲んで、浪費の限りを尽くしているように見えた彼に、つい、小言めいたものが口元まで出てきた。
しかし、彼は相変わらずのチャーミングさで私を終始笑わせて、その小言をどこかへ吹っ飛ばしてしまった。思えば、深刻な顔や真面目な顔がどんなんだか思い出せないくらい、いつもニコニコしている男だった。
「歯並びが悪いから笑わないほうがいいよ」
クラスメイトの一言に傷つけられたと思っていたけど、今思うと、あの言葉を発したのは、他ならぬ自分自身だったようにも感じる。自分の気持ちを押し殺して、自分をコントロールしようとしていたあの頃、内なる自分が傷ついていることなんて全く気が付いてなかった。
そういえば、笑いたい時に全力で笑っている友と一緒に笑いたいのに、笑えない自分がたまらなく嫌だったことを思い出した。
歯が抜けた顔で大笑いしている友につられて笑う私。
心からの笑顔は見ている人も幸せにする。
笑顔って最高の投資術だな。
Thank you for today
Good bye